残りの人生の減収を左右する一大要因
逸失利益は、交通事故損害賠償の費目の中でも最も金額が大きくなりうるもののひとつです。
その計算式に現れる基礎収入額を高く設定できるかどうかが、示談金増額のカギになることはよくあります。
これについて説明しましょう。
逸失利益の計算式の観察
逸失利益とは、事故に遭ったために生じた、今後の人生の収入の減少分です。
後遺障害が残った場合と死亡事故の場合にのみ、請求できます。
その計算式は下記のようになっています。
後遺障害逸失利益=基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
死亡逸失利益=基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数
後遺障害逸失利益を増やす方法
計算式を見れば、「基礎収入額」「労働能力喪失率」「労働能力喪失期間」のいずれかを上げれば増やせることがわかります。
労働能力喪失率は後遺障害等級に紐づけられているので、「等級を上げることができれば、後遺障害逸失利益を増やせる」ということになります。
これは一つの大きなテーマなので、別のページで扱います。
労働能力喪失期間は、一生残る障害なら症状固定時の年齢で大方決まってしまいます。
むち打ちのように一定期間後に全快するとみなされる障害なら、障害のある状態が何年続くと考えるかは増額のカギになります。
さて、残るは「基礎収入額」ですが、これは時として増額のカギになります。
死亡逸失利益を増やす方法
「基礎収入額」または「就労可能年数」を増やすか、「生活費控除率」を下げれば、逸失利益を増やせるのが計算式からわかります。
就労可能年数は、死亡時の年齢でほぼ決まってしまいます。
勤務先の定年後の再雇用制度などがある場合などは少し伸ばせます。
生活費控除率は男性50%、女性30%が基本で、事情に応じてその間で調整されるので、そこには少しチャンスがあります。
さて、死亡逸失利益においても「基礎収入額」は増額のカギになりうるのがわかります。
逸失利益は、交通事故損害賠償の中でも特に金額が大きくなりやすい費目なので、基礎収入額を増やせる場合については研究しておく価値があります。
基礎収入額とは?
残りの人生での平均年収です。
給与所得者にせよ、事業者にせよ、収入があってそれが安定している場合は、直近の過去の実績をもとに決めます。
例えば、40歳のサラリーマンで過去3年の年収が500万円前後なら、基礎収入額もそれくらいで落ち着くことが多いと思います。
そういう場合は、被害者も保険会社もほぼほぼ近い見解になるので、基礎収入額は増額の大きなカギにはなりません。
しかし、直近過去の実収入を使うのが妥当でない場合は、基礎収入額はにわかに大きな争点になってきます。
そういう例を順番に見ていきましょう。
若年労働者
若い人は今は給料が安くても昇給していくので、残りの生涯の平均年収は直近の実績より高く見る必要があります。
直近実績が賃金センサス(厚生労働省の賃金統計)の平均賃金を下回っていても、平均賃金を得られる蓋然性があれば、平均賃金を使用することが認められます。
昇給をどこまで見込むか、それをどう論理武装するかが勝負所です。
弁護士法人ステラの事例
若い人がバイクで走行中に交差点で一時停止違反の車に衝突され、高次脳機能障害を負った事故です。
保険会社は基礎収入を低く見積もっていましたが、相談を受けた弁護士は勤務先の昇給昇格規定を入手。
これをもとに「規定から今後の昇給を推定すれば、基礎収入はもっと高くなるはず。」と反論。
保険会社の提示額2,000万円に対し、4,200万円を勝ち取りました。
先ほどの例では、勤務先の昇給昇格規定を根拠に反論したわけですが、明確な昇給規定のない会社でも望みはあります。
「赤い本」(弁護士が使う交通事故損害賠償の判例集の愛称)には、昇給規定がなくても現実の同僚の昇給率の適用が認められた事例が出ていました。
若年以外の理由で今後収入が増える蓋然性がある人
「赤い本」には他にも下記のような事例が出ていました。
- 居酒屋アルバイトの女性。現実の収入は低かったが、バイトをしながらモデルを目指していたため。賃セ全労働者学歴計全年齢平均470万円が認められた。
- 36歳森林作業員。日給作業員で年収336万円だったが、勤務を続けていれば月給作業員になれる蓋然性はあったとして、賃セの平均492万円を採用。
- 証券会社の外務員。歩合給は景気変動で大きく変わるので、直前の収入でなく、過去5年の平均を採用した。
- 飲食店勤務で年収273万円。しかしかつてスナックを経営していた頃は661万円。また経営に乗り出す蓋然性は十分あるとして、両金額の中間値467万円を採用。
所得を過少申告している事業所得者
自営業者、経営者は節税のために実際より所得を低く申告している人が多いです。
程度の差こそあれ、みんなやっていると言っても過言ではありません。
しかし、これが損害賠償請求においては基礎収入額の低さとなって裏目にでてきます。
「いや、本当はもっとあったんだ」と言っても、保険会社は「そんなウソの申告をするのが悪い。自業自得です。」というかもしれません。
しかし、そんなことはないのです。
本当の所得はもっとあったことを証明できれば、高い方の所得が基礎収入額として認められるのです。
この辺りは裁判所の意外な柔軟性を感じます。
専業主婦
専業主婦は外部からの実収入がないので、当人や遺族が素人判断して逸失利益を諦めがちです。
保険会社も被害者の無知につけこんで、わざと説明せずにやりすごそうとしたりします。
しかし、家事専業を有償の労働とみなし、逸失利益を認めるのはすでに当たり前になっています。
逸失利益だけでなく、休業損害も認められます。
その際、基礎収入額として使われるのは、賃金センサス(厚生労働省)の産業計企業規模計学歴計女性労働者の全年齢平均です。
児童・学生
児童・学生も進学し、やがて卒業し、就職して収入を得たはずです。
高卒で就職するのか、大学まで行くのかはわかりません。
だから、賃金センサスの産業計企業規模計学歴計男女別全年齢平均を基礎収入額とするのが基本です。
女子であっても男女計の全年齢平均を使うのが一般的なので、女性労働者の全年齢平均を使用されていた場合は抗議しましょう。
大学に進学していない段階でも大卒平均賃金の使用が認められる場合があります。
例えば、大学進学を当然視する家庭環境で当人も進学の意思がある高2生に対し、大卒平均賃金を認めた例が赤い本に載っていました。
しかし、これは必ずしも得になるとは限りません。
就労の始期が遅れることによって中間利息の控除額が大きくなり、かえって逸失利益が減ることがあるのです。
この理屈は少し複雑なので説明を省きますが、該当する人は弁護士に説明してもらってください。
無職者
被害者が無職の場合は、保険会社は逸失利益は認めない提案をしてくる可能性大です。
確かに、長らく無職で求職活動もしていないような人の場合、これを覆すのは難しいでしょう。
しかし、無職者の逸失利益はゼロというのはいつも正しいでしょうか?
例えば、非常に優秀な経歴の人がキャリアアップの前にリフレッシュ期間を取りたくて、新しい仕事を見つける前に退職して長めの無職生活を楽しんでいた。
その最中に不幸にして事故に遭った。
この場合、この人が今後の人生で収入ゼロと仮定するのは明らかに不合理です。
こんな例でなくとも、労働能力と労働意欲があり、就労の蓋然性がある人は、失業していても基礎収入が認められます。
基礎収入額の算定根拠は、基本は失業以前の収入です。
労働意欲の有無は、ハローワークに行くなど、求職活動をしていたかどうかで判断されます。
「赤い本」に事例も出ているので、失業中に事故に遭った場合もあきらめずに、弁護士さんに基礎収入の論理構築を頑張ってもらいましょう。